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言 葉
2012.4.19

日曜日に ‘ 言葉拾い ’ と題する一種のメルマガが配信されてくる.毎週楽しみに読ませていただいているが,配信されるようになったきっかけはよく覚えていない.何かにリンクしてアクセスし購読するようになったものか.文体から察するに女性で,そこそこの年齢の方かと推測される.特段故事とか熟語を選ばれているのでもなく,普段何気なく使っていることばを取り上げて,語源とか本来の使い方とか詳しく説明されておられる.かなり様々な辞書・文献の類いを調べられた上での考察である.
本人も知らなかった事柄も多いようで,知らなかったことだからこそ新鮮に思われて書かれているのだと思う.私なんぞは知らないことだらけで,毎回感心するばかり.漢字は勿論,言葉さえ深い意味を知らずに使っていることに反省しきりである.場合によっては正反対の意味に使っていることもよくある.
最近,昔買って書棚の肥やしになっていた岩波新書 ‘ ことばの道草 ’ というのをたまたま見つけ,読み出した.出版社の内容紹介によれば,“ 広辞苑改訂作業のなかで拾い集めた‘ことば’をめぐるエピソードの数々.第五版刊行を期に集成し,新書別冊としてまとめた.肩の凝らない,気楽な語源話としてお楽しみいただければ,さいわい.” とある.岩波新書に付いているしおりにも,その内の一つが印刷されているのでご存じの方も多かろう.一つの句の解説は5,6行多くとも8行くらいで便所に置いておくと手軽に拾い読みができて重宝する.ははは,便所は退屈で孤独な場所だから,私はこのほかにも地図,雑誌,パンフレット果てはラジオまで置いて,気の向いたものを読んだり聞いたりしている.時には用を終えた後も読み続け,脚が痺れて立ち上がれなくなることもある.
と読んでいいのか解らないやたら難しい漢字を使う友人がいる.漢字は,よく識っているかさもなくばよく調べてからでないと使えぬから,語彙を増やす意味では真っ当な方法かも知れない.ま,ワープロで変換して,はい出来ましたではちっとも上達しないのも当たり前か.

 

 

 

ウエアーから入る
2012.10.9
2013.6.26

と頃,街行く若い女性の多くが小型版ボストンバッグのような,一見してすぐに解るモノグラムのハンドバッグを手にしていたことがあった.今はさっぱり見掛けなくなったように思うが,どこか押入の奥深くしまわれているのだろうか.ブランドと聞いて多くの日本人が先ず頭に浮かぶのは ‘ルイヴィトン’ であろうと思っていたが,先日偶然見掛けたある統計によると1位がサマンサタバサ,2位がバーバリーでルイヴィトンは3位であった.統計の取り方次第で順位も入れ替わるものだが,景況感の悪化もあろうし,大衆化や日常化のために希少価値もなくなったのであろうか.
一口にブランドといってもフェラーリみたいな車から,日用雑貨小物に至まで,高価なものから低額のものまである.我々庶民が何とか買える身近なブランドに限れば,バーバリーやダンヒルといった男性主体のものもあるが,女性用ファッション系が大半であろう.ブランドものに弱いところを突いているのか.
,最初からブランドがあるわけではなく,何か限られた分野で人気を博して,世間に知られるブランドに育っていく.そしてブランドを守るために,さらなる価値を追求しテリトリーを拡大していくものらしい.具体的な例で言えば, バーバリーはレインコートから,ダンヒルは馬具から,セリーヌは子供靴からスタートしているそうだ.またスポーツウエアではそのスポーツ分野特有のブランドというのがあって,一般の人にはさほど知られていないことも多い.
えば,今ではポピュラーになった ‘エレッセ’ というブランドがある.当初スキーパンツのメーカーとして登場したのだが,昔,丁度私のスキーレベルが人並みになった時期に重なり,これまでにないフォルムとカラーに魅了されて何点か購入した記憶がある.このメーカーはその後テニスウエアーにも革新をもたらし,従来のフレッド・ペリーに代表される白一色からカラフルなものが当たり前になった.かつての美人プレイヤー ’クリス・エバート’ も愛用したそうで,イタリア人のデザイン感覚には脱帽である.ブランドとして認められているものは,形や色以前に先ず機能の優れていることが共通する.エレッセのスキーパンツはまさにそうだった.
イクルウエアーもそうであった.自転車後進国日本にも ‘パールイズミ’ という専業メーカーがある.悪くはないし,私も当初はこれを着用していたのだが,ある時我が家に来訪するスイス人夫妻にお願いして ‘アソス ASSOS’ というスイスメーカーのものを買ってきてもらった.結局お土産としてもらってしまったのだが...‘アソスを着たらもう他のメーカーには戻れない’ と多くの人が言っているが,本当にそう実感した.まぁー,高価なものなのでおいそれと買うわけにはいかないが,徐々に季節のジャージーだけ揃えつつある.サイクルシューズでも同様のことを体感した.イタリアの ‘SIDI’ である.感触が柔らかくて履き心地が素晴らしく,他のものには戻れなくなってしまった.
何事もとっかかりの頃は予算や継続性への揺らぎから,ついつい手頃なものを求めてしまうものだが,道具やウエアが決まると上手くなったような気にもなるし,実際,上達しているようにも感じる.
何か新しいことを始める時,ウエアーから入る,スタイルを決めて入るのも一つの方法かも知れない.
           ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪
後日談だが,平城宮跡で一休みしていた時,偶然同世代のサイクリストに出会った.琵琶湖一周サイクリングいわゆる ‘琵琶一’ などもやっていてかなりのキャリアの人である.その人とバイク,ジャージー,ヘルメットがそれぞれ TREK,ASSOS,METと同じメーカーのものであった.伺えばショップで勧められるまま買ったとか.さらに住まいも隣町の平群町というおまけまで付いた.世間は狭い.


2013.1.30

例年に較べ今冬は雪の降る日が多い.我が住処辺りではうっすらと白くなる程度ではあるが.もう3,4度積雪を見ている.我が家は標高が120mくらいに位置しているから麓の街より少々気温が低い.帰宅時JR大和路線柏原駅で電車のドアが開くと,まあ結構寒い.最寄りの三郷駅からは防寒具を羽織って原付バイクを駆る.途中,山から流れる小川を過ぎる辺りで更にひやっと冷気を感じる.現実に我が家の辺りで屋根雪があっても,この小川から下には見られないことが殆どである.3℃の気温差を実感する時だ.
子供の頃から大阪市内に住んでいたが,小学生の頃には,10cm以上雪の積もることが年に2度は必ずあったと記憶している.朝起きてみると辺り一面白銀の世界である.そんな時は学校へ行く途中で仲間と雪合戦をする.多分今よりも相当に気温が低かったのだろう.暖房は火鉢に炭とか練炭を燃やして手を炙る程度であり,今の高気密高断熱の対極にあるような家だから部屋は殆ど暖まらない.家の中でもマフラーをし,綿入れの半纏が欠かせなかった時代である.よく手足に霜焼けとかあかぎれができたものだ.
数日前の日曜日,昼間は晴れていてそこそこ暖かく屋外で家の作業をしていたのだが,日没と共に冷えが厳しくなった.その日は愚妻が留守だったこともあり,夕食を終えてから昨年造ったばかりの小さなサンルームに籠って,偶然取り出した音楽CD ‘プラターズ’ や ‘エラフィツジェラルド’ なんかを聴きながら一人寛いでいると,激しく雪が降ってきた.自家製の屋外照明に照らされた中を粉雪が舞い,かつてスキーロッジからよく見たナイターゲレンデの幻想的なシーンを思い出した.
小止みになった頃,急に思い立って雪だるまを拵えた.何十年ぶりか.僅かな積雪だからゴミや石粒も混じりお世辞にも綺麗とは言えないが,小さなものを造って道路際の郵便受けの上に置いた.ステンレススチール製なので溶けにくいと思ったからである.予想通り翌朝はそのままの形を保っていた.帰宅する頃には溶けているだろうと思いつつ仕事に出たが,なんと2日目の朝まで,ほぼ元の形がわかる程度に残っていた.多少お辞儀はしていたが.その晩帰宅した時には小石だけが残っていた.

タブレット
2013.4.30

iPadに代表されるタブレット端末が人気だそうだ.元々の意味は持ち歩きできて書き込み可能な石板や木版のことをいったらしい.別に錠剤や,鉄道の通票の意味もあるそうだが...今やノートパソコンよりも売れていると聞く.パソコンに較べて機能や拡張性は劣るが初期のキンドルなどの電子書籍端末よりはパソコンに近いことが出来るようである.携帯性を考えて10インチ版より7インチ版で手頃な値のものがあったらと思っていたが,昨秋グーグルから ‘Nexus 7’ が発売され,これまでにさまざまなネット上の口コミを見たがなかなか評判がよい.
の使用目的はWi-Fi環境下になくとも,常時持ち歩いているさまざまな紙資料,写真などをタブレット端末に保存し一覧出来ること.施主に対して事務所のホームページや自身のホームページをその場で見せられること.などである.そこで,一月ほど前に梅田のヨドバシに行って実際に触れてみた折り,寄ってきた店員に聞いてみた.―  ‘ホームページのデーターを本体メモリーにいれ,ブラウザアプリでインターネットのように閲覧できるかどうか?’  ‘うーん,キツイっすね’ ‘できるのできないの?’ ‘さ,それはキツイっすね なんせアンドロイドっすから ’ ― 店員も答えようが無かったのか,結局よく分からず,多分無理なのかナと思って購入をあきらめた.
その後著作権の切れた古典作品が ‘青空文庫’ としてボランティアの手で相当数出版されていることを知り,取り敢えず買って,なんだかんだ試してみようと,そのあとしばらく日を置いてから入手した.
はスマートホンもアンドロイドOSも扱った経験がなく,なにせマニュアルがないので適当な参考書を買って読みながらやり始めた.最初は随分と操作に手間取り,青空文庫の入手の仕方や読み方すら解らなかったのである.が,ネットで使い方を検索するうち1週間ほどでそこそこ使いこなせるようになった.結果,ホームページ閲覧については上々.デフォルトの ‘Google Chrome’ や別のブラウザではきちんと動作しなかったものが,ノルウェー製の ‘Opera Mobile' をインスト-ルしたところパソコンの操作と遜色なく閲覧ができた.これは使える! その後,妙な認証を求められるようになり ‘モバイル版Firefox’ に替えたのだが,こちらの方が軽快に動作するようだ.
近々,幼い頃親しかった人達と語らう予定がある.デジタル写真データはもとより,スキャナーでデジタル化した昔の銀塩写真のデータも整理圧縮して保存した.遙か遠い昔の出来事を思い起こさせるよすがとして...
現在は,通勤電車の中や布団の中,ちょっとした待ち時間に,吉川英治や芥川龍之介,コナンドイルなどを読むのが楽しい.来月からは ‘日経電子版’ を追加しようかなと思っている.

NEXUS 7
2013.6.10

吉川英治の長編小説のうち著名なものは過去たいていは読み,今も書棚には‘宮本武蔵’ に代表される吉川英治文庫の主な長編シリーズが置いてある.青空文庫を利用するようになって,これまで読んだことのなかった短編を読み出したところ,すべて期待通り面白い.‘新平家物語’が未だ電子化されていないのだが,待ちわびている人が多いと思う.
データ化された ‘ 随筆 宮本武蔵 ’ ‘ 随筆 私本太平記 ’ を読んだが,何しろ今のような交通インフラ,情報インフラが未整備の状況下である.その取材には当時随分な苦労があったことを知った.小説が連載されていたのは私の子供時代であり,その頃の時代背景や様子が思い起こされて懐かしい気分を味わった.小中学校時代母が毎日新聞を購読していたので,’ 鳴戸秘帖 ’ や ‘ 私本太平記 ’ が朝刊か夕刊かに連載されていたことが記憶にある.勿論当時は読みもしなかったが...昔々行きつけのバーに,小説なんか読んだことがないと言うホステスさんがおり,宮本武蔵全巻を貸してあげたら,面白かったらしく一気に読了,その後 ‘ 五輪書 ’ まで買って読んだという.さすがは巨匠と言うほかない.
一月ほど前,日経新聞電子版の購読を始めた.紙と違って嵩張らないし,紙面を繰るのが楽である.他に紙より優位な点は,文字を大きく表示出来ることや,読みたい記事を検索出来ること,残しておきたい記事を即座にクリップできて保存出来ること,パソコンに限定されるが過去5年分の記事を検索閲覧できることなどがある.6月10日付け日経新聞によれば,ニューヨークタイムスは電子版が113万部で紙媒体が73万部と,米主要紙では唯一電子版が紙媒体を上回っているそうである.
これもタブレット端末効果の顕れか.時代の流れか.


2013.7.10

芦屋にある事務所から帰宅するのに,数年前からJR尼崎駅始発の奈良行き直通快速を利用している.大阪駅を通らないからか,さほど混み合わない.1日に4本しかないのだが,ほぼ決まった時刻の電車に乗るので不自由はない.やり残した仕事があったとしても,今ではCADソフトのお陰で自宅でも十分作業ができるからである.東西線~学研都市線~おおさか東線~大和路線とルートが複雑なため間違って乗る人も少なくない.京橋駅辺りでアナウンスを聞いて慌てて飛び降りる乗客がいつも2,3人はいる.
一昨年ごろから東西線の一部の駅に可動式ホーム柵が設置された.ためにドア位置を固定化する必要上,元々長距離用のクロスシートであった車両が一般的なロングシートの車両に換り,快適性が犠牲になった.車内で缶ビールも飲みがたい. 通路に立っている人は少ないから,自然と前に座っている人達を観察することになる.
沿線の住宅環境や時代性もあろうが,典型的なビジネスマンルックの人はまあ少数派である.私の場合,服装以上についつい履き物に目がいってしまうのだが,昔と違って最近ではウォーキングシューズというか,ソフトで軽いタイプのものを着用している人が増えたし,中にはスニーカーという人もそこそこ多い.20年くらい前,仕事で御一緒させていただいた東大教授がスーツに黒のレザースニーカーという出で立ちであったこと, また同じ頃街中にはロングスカートにスニーカーを履いている女性などもいて,当時,何となく違和感を覚えたものだった.
,今では至極当たり前になってしまった.ダークスーツに大きなリュックサック,加えて白いスニーカー,などという組み合わせも不思議ではなくなった.逆もある.くたびれたジーンズや半パンにトラッドな革靴をソックス無しで履くというスタイル.これも普段よく目にする風景となった.今の時代,何でもありなのだ.しかし,やはり,変...
先日,近頃めったに目にしなくなった靴を見かけた.リーガルシューズの中でも最高級のウイングチップであった.革底でやたらと重いものだ.トウの先っぽが擦れた靴,埃の積もったような靴がやたらと目につくなか ‘ 足元を見る ’ という言葉通り ‘ ホゥ ’ と思わず持ち主の顔を眺めてしまった.
私も以前は同じようなものを履いていたが,今や滅多に着用することもない.いつでも履けるようにはしてあるが.
日常履いている靴は相当前に買ったものばかりだ.流行に乗らないフツーのデザインのもので,中には20年以上前のものもある.足に馴染んで履きよいものは捨てる気にはなれず,大切に使っている.逆にどう修正しても足の痛むものは即捨てるか、誰かに使ってもらう.別に式祭用として保管している靴もある.自分の結婚式の時に買ったものでもう40年になるが,その間数々の式に加わっている.最近では娘の結婚式に着用した.
普段,私はこんな使い方をしている.3,4日に一度のローテーションで履く.帰宅したらシューキーパーを入れて1日乾燥させ,翌日ブラシで埃を落として下足箱に入れる.傷があれば即補修する.1,2ヶ月毎に英国製のクリームを塗って磨く.1年に1回,磨り減ったかかとの修復をする.こうすれば甲皮によほどのダメージを負わない限り,いつまでも使い続けることができる.さすれば,もう靴を買うこともない.ハズ...多分.

オダサク
2013.8.3

‘オダサク?なに!それ!’ と若い人の大方はこう言うだろう.人の名とも思わないかも. 大正2年大阪生まれの小説家織田作之助.彼よりももっと古い明治生まれの作家例えば漱石,鴎外,芥川などの方がはるかに多くの人々に読まれていよう.戦後同じ無頼派を称した作家の中で太宰治,坂口安吾らほど知られていないのは何故だろう.思うに,小中学校の教科書に取上げるに相応しい短編題材がなく,ために読まれる機会が少なく馴染みが薄い .それに文体として土着性が強く全国版になり難いということもあろうか.
‘蜘蛛の糸’ や ‘蜜柑’ ‘トロッコ’ ‘鼻’ といった小学生にも楽しめ理解し易い芥川龍之介の短編などとは対極にあるような感じと言ったらいいか.
オダサクは今年生誕100年だそうで,様々な企画が予定されているようである.子供の頃に観た映画‘夫婦善哉’なども再上映されるかも知れない.森繁久彌と淡島千景の主演だったが,もはや共に故人となってしまった.淡島千景は何となく親近感を感じていた女優さんである. 大正13年生まれで母と同い年ということもあったかもしれない.
オダサクは私と同じ府立高校の卒業生である.むろん旧制中学時代のことで9期生になる.私が高校16期,旧制中学26期が高校1期だから32年先輩と言うことになる.私の持っている45周年記念冊子に,著名な先輩の一人として掲載されていたので知っていた程度なのだが.33歳若くして亡くなり,没後66年を経ているので著作権が消滅している.2ヶ月ほど前,吉川英治の無料公開著作をほとんど読み終えたので,次なるものを捜して青空文庫の著作者リストを見ていた際,思いがけず織田作之助と巡り会うことになった.
オダサクの小説は ‘夫婦善哉’ くらいしか読んだことがなかったが,他にも実に多くの著作があることを知り,読むほどに面白く,順々に読み始め今もまだその最中にある.彼の生まれた生玉界隈や彼の行動範囲が私のかつての生活圏と重なり,まさに想い出一杯とでも言ったらいいか.二つ井戸や下寺町,口縄坂,愛染坂といった懐かしい大阪の地名,かつて私が住んでいた所までも登場する.またお灸の無量寺や大軌(今の近鉄)のデパート,上六の闇市,日本橋の当時は故買品を売る五階(百貨店),千日前にあった色んな路,劇場などなど... 同じようなところから同じ学校に通っていたのだからそれも当然といえば当然.さらに大阪弁の語り口は微妙なニュアンスまでも直感的に理解させてくれる.ただしかし,大阪に無縁の人々にとっては言葉の壁に遮られて全く楽しめぬかもしれない.かといって大阪弁の説明は不可能なのだ.当のオダサクも言っている.

「ややこしい」という言葉を説明することほどややこしいものはない。複雑、怪奇、微妙、困難、曖昧、―― などと、当てはめようとしてもはまらぬくらい、この言葉はややこしいのだ。
「あの銀行はこの頃ややこしい」
「あの二人の仲はややこしい仲や」
「あの道はややこしい」
「玉ノ井テややこしいとこやなア」
「ややこしい芝居や」
みんな意味が違うのだ。そしてその意味を他の言葉で説明する事は出来ないのだ。

ま,何となく理解できるのでは...
とはいえオダサクはプロの文士,私などには到底思い付きようもない文章があった.
 ‘ふと木犀の香りが暗やみに閃いた。’

省略語
2013.9.12

くまで来たから昼飯でも一緒にどうか,と事務所で仕事中に友人から電話があった.生憎済ませた後だったのでそれではお茶でもということになり,居場所を聞くと ‘ロイホや’ という.‘えっ,ロイホってなに’ と私.どうやらロイヤルホストのことをそう呼ぶらしい.廻りに聞くとジョーシキなのだそうだ.私だけが時代について行けてないのかと思わぬでもないが,昔から言葉を詰めて言うのが嫌いで,短縮された記号のような言葉を聞くのもいささか心地が悪い.特段正確に伝えようと思っているわけでもないが,性分なのかもしれない.
からの古い地名を新住所に変えてしまったり,外来語を安直にカタカナで言うこと共々,利便性先行ということなのだろう.対して外国人でありながら日本語で小説を書いている作家リービ英雄氏が言っている.
“日本語の書き言葉は大陸の文字を輸入し、それを崩して表音文字と表意文字を交ぜた、世界でも類(たぐい)まれな言葉です。アルファベット一色の英語、漢字一色の中国語に比べ、日本語の混血性みたいなものが何とも言えない。”(2013.8.24 日経新聞夕刊より抜粋)と.
タイミングよく一週間ほど前の日経新聞のコラム ‘明日への話題’ で東京理科大学教授 黒田玲子氏が ‘長いのはまどろっこしい’ と題されて書かれている.勝手に抜粋させていただく.

それにしても日本人は略語が好きだとつくづく思う。長い言葉はまどろっこしい。長い外来語は、アプリ(アプリケーション)、サプリ(サプリメント)になってしまう。2単語であれば、ファミレス(ファミリー・レストラン)、 セクハラ (セクシュアル・ハラスメント)、 スマホ(スマート・フォン)と、1―2文字ずつ、あるいは、コンビニ(コンビニエンス・ストア)のように一方の単語だけで、最長カタカナ4文字4音節にするように思える。
日本語と外来語の組み合わせでも、4音節以内に収めたいらしい。Dramaは日本語的に発音するとdo-ra-maと3音節。従って前に朝がつくと、マは省略して「朝ドラ」となるようで、ちょっとびっくりする。
純粋な日本語だって、以前から短くされてきた。大学関係でよく使われる「卒研」「卒論」はそれぞれ、「卒業研究」「卒業論文」の略だし、大学名だって、「東大」「京大」「北大」「早大」「理科大」などで十分らしい。
最近、特に若者の間で略語が新登場してきている。「着メロ」「婚活」「KY」、さらに「ガラケー」などというものも耳にする。こういう略語は、仲間意識の醸成あるいは「隠語」のような意味合いもあるのだろう。格好いいと思ったり、時代においていかれないようにと自ら使う人が出てきたりで、かなりのスピードで広がっていくこともあるようだ。
時代がせわしなくなっている。今後もますますユニークな略語がはやっていくような気がする。どのくらいが時代を生き残っていくのか分からないが、美しい日本語の響きが失われないことを願っている。
(2013.9.4 日経新聞夕刊より抜粋)

まさに日頃モヤモヤと感じていたことがきちんと説明されている.‘卒論’ や ‘東大’ ‘京大’ にはそんなに違和感を覚えないし,‘アプリ’ ‘コンビニ’ などは日常的に使ってはいるが,確かに略語というのは仲間にだけ通用する符牒,隠語的な意味合いがあるようだ.略語ではないが,競りで使われる金額を表す数字のように,符牒が大事なこともある.‘ インケツ,ニタコ,サンタ,シッスン,ゴケ,ロッポ,オイチョ,カブ ’ のようなもので,これを ’ ヒー,フー,ミー ’ などとやっていてはどだい博打としての緊迫感に欠けようから.

関西の私鉄
2014.10.10
2015.5.26

10月14日は鉄道の日だそうだ.今や鉄道ファンも年齢層の幅を拡げ,各地でも様々な行事が予定されているようだ.そのためかどうか不明だが,先日NHKラジオ深夜便で電車路線のライブ録音を放送していた.初日の放送が京都の‘叡山電車’出町柳駅~鞍馬駅間で,学生の頃にも馴染があったが講師を務めた大学での授業に出町柳~茶山間を5年間乗車していたこともあり懐かしく思って聴いてみた.当然画像などはなく音だけである.それでもアナウンサーの語りと臨場感あふれる音の構成でその車内と沿線の雰囲気が十二分に伝わってくるのに感心した.
毎水曜日の日経新聞夕刊にフォトジャーナリスト櫻井寛氏の‘にっぽん途中下車’という現地取材記事が掲載されている.たまに読む程度なのだが,6月に阪急電車の梅田~十三間の3複線についての記事が載った.私は40年ほど前10年ほどの間阪急電鉄の梅田駅移転跡地計画に関わっていた経緯があり,興味もあって読んでみた.

「ポッポッポ、ピー!」。ここは大阪キタの巨大ターミナル、阪急電鉄の梅田駅。京都本線、宝塚本線、神戸本線、3本の阪急電車が時報と同時にきびすを接し発車して行く。阪急名物の3複線同時発車だ。
いつ見ても阪急はすごいと思う。1号線から9号線まで、ずらり9本並んだ梅田駅のプラットホームはまさに私鉄王国の象徴だ。関西の人はもう 慣れっこだろうが、私のように関東から来ると、私鉄の王者は阪急だとつくづく思う。なぜなら複々線までは他の私鉄にもあるが、3複線は阪急の梅田~十三間 が全国でも珍しい。給与も高水準とされ、まさに羨望の阪急電鉄なのである。
(2014.6.18 日経新聞夕刊より抜粋)

阪急梅田プロジェクトを進めていた当時の打合せ相手は,今は故人となられたが,我々設計者・施工者にとって相当に手強い人であった.その方は梅田駅移転計画の当初から関わってこられたのだが,鉄道マンにとって悲願のようなものだったのか,この3複線の完成した日のこと3本の始発電車が同時に発車する姿を感慨深げに話されたことをよく覚えている.当時はそんなにスゴイこととも思わずに聞いていたが.何せ新駅の着想から用地の買収・企画・設計・工事と20年近くを掛けたビッグプロジェクトである.悲喜こもごも数え切れないほどの逸話が私の記憶の内にある.
関西私鉄の雄といえば近鉄をあげる人が多かろう.路線延長,路線エリアともに日本一を誇るからだが,阪急と同じように大阪市内から奈良線・大阪線・南大阪線という大きく分けて3つの路線網を持つが,ターミナルが上本町駅と阿部野橋駅とに分れているため3複線はない.まして奈良線は40年ほど前に上本町から難波に延伸し,さらに近年阪神電車と相互乗入れをして三宮まで走っているから中間駅になってしまった.
JR各社であれば3複線くらいざらにありそうだが,大規模な駅のほとんどは中間駅・通過駅だから終着駅にはないように思える.ということで3列車同時発車は阪急電車にしかないのかもしれない.
‘王者’ 阪急は十三を出ると,3つの路線は東・西・北方向に離れていって解りよい.例外は京都線から分れる千里線と宝塚と西宮を結ぶ今津線だが..対して ‘雄’ 近鉄は最近開通した‘けいはんな線+市営地下鉄’を含めれば4線が大阪市内から概ね東方向河内平野から奈良盆地に向う.そのためそれぞれの路線が近接したり,また例えば生駒線,田原本線,京都線・橿原線のように3つの本線を横糸のように(実際には南北に)結ぶ線が絡み,そこにJR線が重なるから大阪~奈良~京都にかけての路線網は複雑で解りにくい.初めての人は検索サイトの案内に頼るしかあるまい.
近鉄京都線~橿原線~吉野線は連続しての乗車はできないが,平安京・平城京・藤原京・飛鳥京・吉野宮と我国のかつて置かれた宮を縫い巡る歴史の宝庫のような路線ともいえる.京都から吉野まで普通電車を乗継いでの1日旅もまた一興かと...時間が許せば,京都駅からはJR奈良線・万葉まほろば線を乗継いで桜井駅か畝傍駅辺りで近鉄大阪線・橿原線に乗換えて飛鳥方面へと向うのがよい.大和王権ゆかりの地や古墳群を巡ることにもなり,さらなる興趣を添えようから.
          ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪
以前この拙文を書いた折りに,3複線を並んで走る列車の写真を載せたかったのだが,新聞写真をそっくり頂戴するわけにもゆかぬのでそのままになっていた.私は鉄道マニアではないし,ましていわゆる撮り鉄でもないが,最近ふと思いついて箕面からの仕事帰りに中津で電車を降りて撮影ポイントを探して歩いてみた.阪急電車は梅田駅から淀川の鉄橋を越えるまでずっと高架線だから,いわゆる‘ギョーカイ人’でない者にとって撮影できる場所は限られる.十三に向う国道176号線が高架になり,線路と同じ高さで並行している中津付近が最適と思われた.その日は準備不足なうえ疲れもあってうまく撮れず,別の日に再チャレンジした.
梅田駅を出発する特急・急行列車の時刻は3線共10分間隔で揃えてある.シャッターチャンスは10分に1回あることになるが,1時間ほど粘ってみた結果は散々であった.3本の列車が綺麗に横一線で走ってくることがなかったのだ.概ね一番手前の神戸線が先行してきて,宝塚線・京都線はその陰に入ってしまうのである.反対側からならうまく撮れたろう.
では,ここに掲載した写真はどうやって撮影したのか? マニアの方なら気づかれよう,この写真には‘ウソ’がある. 手前2列車は梅田駅をスタートした神戸線・宝塚線の下り電車で間違いないが,一番奥の京都線の列車は,実は梅田駅に向っている上り電車の後ろ姿なのだ.

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国道176号線阪急電車中津駅付近より梅田方面を望む

 

サイクリングと季節
2014.12.3

半日サイクリングに出て思うのだが,随分とロードバイク人口が増えたナァと.5年ほど前までは行交うサイクリストが数人といった感じだったのに,今では専用道はもちろん一般道でも十数組の人達と出会う.それでも男性単独か2人組が圧倒的に多いのだが,男女混成グループやペアも増えた.女性単独行もちらほら見られるようになった.
のところの急な寒波に本格的な冬の到来が感じられる.先日のテレビ番組に流暢な日本語を話すインドネシアの留学生が出演していた.彼は母国にいる間,死ぬまでに雪を見たいと思っていたそうである.我国にやってきてその思いは叶ったとのこと.昔,会社の連中とスキーに行く時,雪国出身の先輩に ‘雪は見るのもいや’ と言われたことを思い出す.
南北回帰線間の国々には季節の大きな差が殆どなく,較べて ‘我国は春夏秋冬があってよい国だ’ などと教えられてきたものである.地震や火山噴火,台風,豪雨豪雪などの被害を思えばそう呑気なことも言っていられないのだが,春の桜・新緑,秋の紅葉など人々を惹きつける魅力的な季節をおおいに楽しむのが日本人なのかも.そして国土が狭い割には様々な気候帯があることと四季があることが,我国の文化の多様性にも大きく貢献してきたのであろう.ま,そういった諸々を体験するには,いつでも好きな時に立ち止ることのできる自転車で,ぶらりと出かけるのが最適なのだ.
ラグビーやスキー・スケートは冬のものだが,一般的には爽やかな春と秋は身体を動かすのに最も適した季節ということになっている.サイクリングもそうなのだが、思っている以上に汗をかく上に走り続けているから汗を拭けない.だから走行中は流れるに任せざるを得ない状況だが,強い風に晒されているからすぐに蒸発し爽快なのだ.そしてジャージーやパンツ,ヘルメットなど身に着けるものは実に風通しの良いように作られている.シューズも全く同様で気温の低い日は足の指先が凍えるので,靴の上からさらにカバーやソックスを着けたりするほどである.
ランニングに較べて自転車走行はスピードが出るから受ける風の影響が大きい.で,汗がどんどん蒸発してゆくから,寒い時期はかなり冷えてつらい.かといって厚着をすると汗がこもって気持が悪い.かえって夏の暑い時のほうが走っていて気持がいい.我国の夏とは状況が異なるものの,ツール・ド・フランスが7月に催されるのも納得がいく.ということで,私は12月中旬から3月初旬までサイクリングをしないことにしている.運良く訪れる小春日和の休日を除いて...